About Project

聴くこと。そこから、わたしたちのプロジェクトは始まりました。 2011年3月、東日本大震災の直後、上智大学国際教養学部の学生たちは、指導教官のデイヴィッド・スレイター教授とともに、災害支援ボランティアとして被災地を訪れました。がれきの撤去や家の片づけなどを通じて地元の人々と触れ合ううちに、「自分たちの話を記録してほしい」という言葉が聞かれるようになりました。 マスメディアが伝えきれない被災者の人々の思いを残すべく、ビデオを回し始めて4年、インタビューの記録は500時間を超えました。その一部を収めたウェブサイト「東北からの声」(tohokukaranokoe.org )には60,000人以上が訪れました。 震災の経験は、人々にいろいろなことを考えさせるきっかけとなり、原発に不安を感じる人々や、安保関連法に反対する若者や母親たちが、東京を中心とした日本のあちこちで声を上げ始めました。本ウェブサイト Voices Rising From Tokyoは、そんな人々の「生の声」を集めています。 わたしたちは、民族学およびオーラル・ヒストリーの研究者として、「東北からの声」プロジェクトで培った経験と手法を活かし、語り手の言葉を録画・録音しました。さらにその記録を日英バイリンガルの文字に起こすことで、人々の「生の声」を広く伝えていきたいと考えています。 Welcome to Voices Rising from Tokyo We are a group of ethnographers and oral historians seeking to document the many voices that are emerging today from Japan. As ethnographers, we go directly to the people involved, to understand their point of view and their perspective….

Mothers Against War

 Sophia University Mothers Against War Interview Project 上智大学国際教養学部およびグローバル・スタディーズ研究科の学生による、 安保関連法に反対するママの会取材プロジェクトに関する情報をお伝えするウェブサイトです 【Information】 2016年8月1日(月)14:00~(時間は変更になる可能性があります) 上智大学四ツ谷キャンパスでの高校生向けイベント “SOPHIA OPEN CAMPUS 2016”内 国際教養学部の模擬授業にて、私たちのプロジェクトの研究発表を行うことになりました! 当日は、どなたでもお入りいただけますので、ご興味のある方は是非お越しください。 発表はすべて英語ですが、日本語のレジュメを配布予定です。 上智大学ホームページ OPEN CAMPUS情報   ● プロジェクトについて  About this project ● ママの会の構造  Structure of Mothers Against War ● なぜ参加するのか  Reasons to join ● 掲げるゴール:だれの子どももころさせない  Goals: Let No One’s Child Be Killed ● 独自性  Uniqueness : Sorry, Under Construction

Occupy Tents

2011年9月11日、経済産業省前の学生たちによるハンガーストライキをきっかけに、テントを張った連続の座り込みが始まった。そこでは多様な考えや思いが飛び交う。原発や放射能から社会全体の問題まで様々な事柄について議論し、情報を交換している。

Women’s Voices

2011年3月11日の東日本大震災、そして津波、原発事故は女性たちにとってどのような影響があったのでしょうか? 子供のいる母親たちはどのような思いで過ごされているのでしょうか? 4年後の今、放射能の身体への影響、そしてお子さんの将来を心配しながら毎日を過ごされている方が大勢います。社会からの圧力を感じ、不安な思いを声に出せないお母さんも大勢おられます。環境団体、NGO、市民団体、市議会委員など様々な形で活動されている方にお話を伺いました。そして、原発、放射能の危険性、政府・東電の対応、メディア、母親の立場、そして女性としての活動などについての生の語りを集めました。彼女たちの複雑かつ切実な思いに耳を傾けて下さい。     How did the Great East East Japan Earthquake, the tsunami and nuclear accident that followed, affect women? What are mothers with young children feeling? Four year after, there are still many people who are living each day worried about the dangers of radiation and the future of their children. There…

Kanteimae Demo

2011年3月11日、東日本大震災がおきました。15,000人の方々が亡くなられ、今もなお2000人以上が行方不明だと言われています。地震、津波と2つの自然災害、そして福島第一原発のメルトダウンは、日本の行き先を大きく変えました。原発の事故は無数の問題を表面化し、多くの日本人のウェイクアップコールになったとも言えます。そのひとつとして、2011年春頃から、チェルノブイリの爆発以後から存在はしていた反原発運動が本格化し、2012年の夏には首相官邸前抗議に20万人が集まりました。 今年で5年目となる官邸前抗議は参加者の数こそは減ったもの、今もなお毎週金曜日に行われています。反原発運動は安保闘争時代の運動とは違った形で日本国内の社会運動を復活させたとも言われており、その特徴に、組合が主体となっていないこと、組織化されていないこと、ツイッターなどのSNSの使用などがあります。そして、金曜官邸前抗議をはじめ、反原発運動は各地で勢いを増し、イシューは原発だけでなく、集団的自衛権、特定秘密保護法、解釈改憲、辺野古基地建設など、多岐にわたっています。運動体としては、SASPLのような学生が主体のデモ、地元にフォーカスした脱原発杉並のようなローカルなデモ、マルチイシューで行われた女たちの平和・国会包囲など、様々な形が派生し、新たな社会運動が少しずつですが、日本に根付いているように思います。 私たちはこの新しい社会運動の皮切りとも言える金曜官邸前抗議に興味を持ち、デモに訪れる人々にインタビューを行ってきました。数こそは多くありませんが、「デモ」という手段をとって社会に訴える人々の想いをお伝えできれば幸いです。 2011, March 11th, Great East Japan earthquake occurred. 15,000 people died and still it is said that there are over 2000 people missing. The earthquake, tsunami and the Fukushima nuclear power plant disaster changed Japans future. The accident of Fukushima melt down stimulated many people in Japan to raise their voices. The…

木村 結 / Yui Kimura #1

「全世界、無関心ではいられない」 木村:命のために原発を止めること。それ以外ないですね。だから命のためというのが一番。私たちは本当に地球に生かされてるわけですし、この地球を少しでも汚さないように次の世代にバトンタッチしなければいけないのに、今のこの私たちの世代でものすごくもう破壊しつくしてるわけですよね。資源を掘りつくして、で放射能をまき散らして、もう戦争でも劣化ウラン弾とかね、うーん。それをやはり、今食い止めなければいけない。それが私たちの使命だと思っています。 ――いつごろからそういう思いをもっていたのですか? 木村:そうですね、原発に関心をもったのはチェルノブイリの事故ですね。あの、小さい子供が一人おりましたので、この子の食べ物をなんとか安全な物をと思って、まあ中野に住んでましたから、中野で放射能測定室を作る活動を立ち上げて、で、実施を買ってもらったら今度は保育園とか学校とかの給食を全部測ってもらったり、あと私たちが輸入食品とかを買って、それを検査に持ちこんで、その数値を公表したりとか、まあそういう活動をしてたんですね。でもそのときに知ったのは、なんと37機もすでに日本には原発があるという、そういう事実だった。だれも許可してないのに、私たちはだれもOKなんかしてないのに、地元の人たちの承諾だけで、もうバンバン作ってるわけですよね。もちろん、あの、地元の人たちが強力にがんばってストップした原発もたくさんあるんですけどね。でそのやっぱり37機も作ってしまったことで、放射能を現実まき散らしてるわけですよね。温排水もそうですよね。環境に、放射能にこう閾値なんていうのはね、ここまで浴びてもいいよなんていうね、そういう閾値なんかないのにも関わらずまき散らしているのも、国策だからって言ってみんな黙っている。でも事故いったん起きたら、チェルノブイリは8000キロも離れているところから日本に放射能が降ってきた。日本のお茶も汚染されたんですよね。だからもう全世界、無関心ではいられない、と思って。 “no one in the world can be ignorant” Kimura: We need to stop nuclear power plants to save our lives. There is nothing but this reason. The first reason is for our lives; we can only live because of earth and though we should at least try not to dirty the…

大西 旦 / Akira Onishi #1

大西:積極的な反対ということではなかったけれども、たまたまその友達が東北にいたっていうのが、しかもその彼が住んでいるところの線量が非常に高い。それは決していいはずはないんですね。それをとにかく、僕はどこかで彼の役に立つどうかわからないんだけど、やっぱり自分が仲よかった男だから、そういうところに彼がいなきゃならないっていう事に対してやっぱり、非常にこう腹立たしさを感じますね。国は何もしない。本当に何もしてないわけですよ。たまたま彼は郡山だったんだけど、街がもう歯が抜けたように建物がなくなっているんですね。でまあ、震災後なくなったって言うんだけど。やっぱりあの、国を動かす人間がそういうことをきちんと見もしないで、机の上だけでそういうことを決めるなっていうのが、僕の発想だし。それから、まあもとを言わせてもらえば、安全ですって言っている方にとくに言いたいのは、じゃあね、とくにあのー再稼働を認めて安全だという方には、原発の近くに住んでもらうんですね。僕はこれを原発参勤交代って言ってるんだけど、ご家族の方に原発の近くに住んでいただいてくださいと。それが一番いいんです。それが安全を保障する最大の、あのー証拠になりますよね。だから、そこに行きもしなければ、住みもしない。それで被害にあった人間の、どういう生活をしているかも、全くとらえもしないで、再稼働だ安全だっていう発想っていうのが、すごくおかしい。 Onishi: It’s not that I am strongly against using nuclear power plant, but the fact that my friend lives far away and that he lives where there is high radiation rate, is what I am worried about. This is not a good thing. I am not sure how I can be a help to…

澤井 正子 / Masako Sawai #1

澤井:ドイツも、原発反対も凄いんですけど、その核燃料再処理工場に反対運動がすごくて、1989年、ちょっとすごい昔の話なんですけど、その時に、もうドイツは原発より先に再処理工場を運動で止めたんですね、止めてしまったのね。その時に、最後の時に、日本から誰か来ないかって事で、で、皆なかなか休み取れなくて、私が、じゃ、行きますって言って行って。それで、そこで再処理工場とか廃棄物の問題をドイツで見たんですね。だから日本より10年くらい先を行っているので、で、ドイツは常に廃棄物処分所がないっていう問題っていうのが、おっきな、要するに、事故とか起こさなくても、捨てられないゴミを原発が生み出すってことに対して、すごく大きい関心があって、で、まして、核燃料再処理ってすごく、普通の原発とかと違って、事故じゃないのにものすごい放射能を出さないと運転できない、工場として、そういう施設なんですね。だから、ドイツ人なんかは、環境にうるさい人たちだから、もう先に、89年に皆が大反対して、止まったんですね。で、そこにいて、廃棄物施設とか、まだその時日本なんて原発建てる方が大変だったんですけど。その時、廃棄物のいろんな問題とかを反対にドイツで勉強してというか、見て、あ、これは原子力発電だけじゃなくて、ゴミの問題がすごく大変なんだって感じで目覚めたというか。それで日本帰ってきてからここに来て、で廃棄物もやってる感じです。 Sawai: In Germany, opposing movement against the nuclear fuel reprocessing plant was arising in 1989, even though it was a pretty old story, back in the days, nuclear fuel reprocessing plants were stopped even before the nuclear power plants. At that time, they were looking for someone in Japan to go to Germany but…

乱 鬼竜 / Ran Kiryu (2014.12.13) #3

――テントに来たっていうのも要するに情報収集する活動の場みたいな? 乱:だからテントは宗教団体とかがやってるんじゃないから、まあ考え方もものすごい幅広い人たちが来るわけだ。あるいは地域的にも全国から世界から来るわけでしょ。まあいろんな話が聞こえて、それを選択するのは一人ひとりの主体的判断でいいと思うわけですね。だから若い人は年配の人から話聞きに行ってやっぱり参考になったなっていうのもあるだろうし、福島の人たちの話を聞いてやっぱり思った以上にひどいなとかね。大変だなとか思うこともあのひとつ大切なことだと思うのね。そういういろんなテントはことがあるから、やっぱりあの小さい力だけど非常に生きた存在だと思いますね。 ――乱さんにとってあのテントはご自身にとってテントはどんな存在ですか? 乱:うん、だからあの亀谷さんがおばちゃんがさ、第二の故郷ですってやってんじゃん、あんな感じでさ、やっぱテントがなくちゃ色んな意味で困るよなっていうか。あるいは ――生活の一部? 乱:そうそうそう、生活の一部っていうか一部だから自分の。毎日の。 ――テントがなくなったらそのどう思いますか? 乱:なくなったらなくなった時でまだ知らない限りは何かやるでしょ。当然ね、みなさんもそうでしょ。ただ守れる以上はできるだけやりますけどね。うん。 ――乱さんの私生活の何パーセントぐらいテントで活動してますか? 乱:だから仕事夕方4時半か5時に終わって、土曜日泊番できて、金曜は運営会議とかなんとかで来ると一週間の3日か4日ぐらい来るんじゃないの。そうすると色んな人が来て、いろんな話を聞けたり、こちらの話まあしたりっていうことがありますけどね。 ―People come to the tent to collect information? Ran: Since this tent is not a place like it’s kept by some religious group, we have people with various backgrounds. From all over Japan and all over the world. Though many information is brought here, but…

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『Voices of Protest Japan』プロジェクトでは、より多くの声を集めるために、これからも活動を続けて行きます。ご覧頂いたウェブサイトやインタビューに関してのご意見やご感想があれば、下記フォームからお願い致します。なお、『Voices of Protest Japan 研究目的用ウェブサイト』に関するお問い合わせも、こちらからお願い致します。 We are going to continue our activities in order to gather more of people’s voices at “Voices of Protest Japan”. If you have a comment or suggestion that you would like to send us about our project, please use the contact form on the left. Please use this contact form…